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アントニオ・ホジェリオ・ノゲイラとの出会い
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
アントニオ・ホジェリオ・"ミノトゥロ"・ノゲイラ(Antônio Rogerio "Minotouro" Nogueira、1976年6月2日 - )は、ブラジル出身の総合格闘家。チーム・ノゲイラ所属。アマチュアボクシングにおいてもブラジル選手権・南米選手権優勝の実力を持つ。
アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラは、一卵性双生児の兄。兄譲りの打撃と寝技を兼ね備え、PRIDEミドル級のトップファイターであった。
2001年8月18日、DEEP2001で日本初登場。藤井克久と対戦し、腕ひしぎ十字固めで一本勝ち。
2002年4月28日、PRIDE初参戦となるPRIDE.20で今村雄介と対戦し、フロントチョークで一本勝ち。
2002年8月8日のUFO LEGENDでウラジミール・マティシェンコに判定で敗れる。
PRIDEでは、ガイ・メッツァー、アリスター・オーフレイム、ダン・ヘンダーソン、桜庭和志、中村和裕などのミドル級の実力者相手に勝利を収めた。
PRIDEミドル級GP2005では、一回戦でダン・ヘンダーソンに腕十字で一本勝ちを収める。彼を優勝候補に推す声も多かったが、準々決勝でマウリシオ・ショーグンに激闘の末、判定で敗れる。しかし、このGPの中で一番ショーグンを苦しめたのは彼であろう。ショーグンからパンチでダウンを奪い、また得意の踏みつけ攻撃を長い脚を使って防御した。
2007年2月24日、PRIDE.33においてアフリカンファイターソクジュに1R23秒で初のKO負けを喫する。
2007年、UFCから試合のオファーを受け、参戦のために渡米する予定があることをインタビューにて明かしていたが、9月にカナダのHCFと契約したことが明らかになった。[1]
[編集] アマチュアボクシング
2006年、アマチュアボクシングブラジル選手権スーパーヘビー級で優勝。同年の南米選手権でも同階級で優勝を果たす。
2007年のブラジル選手権でも優勝を果たし、2連覇を達成した。南米選手権では3位(銅メダル)に終わった。
- 2004年12月31日、PRIDE男祭り2004に出場予定の兄ホドリゴの会場入りが大幅に遅れたため、そっくりの容貌という一卵性双生児の特徴を生かし、オープニングセレモニーに遅刻したホドリゴの影武者を務めた。
- ブラジリアン・トップチームの選手の中でも特に遅刻がひどく、練習終了の10分前に顔を出すことも日常茶飯事であった。かつてトップチームに出稽古に赴いていた美濃輪育久は、その度に後発のクラスが始まる中、道場の隅でホジェリオの居残り練習に付き合わされた。[2]
- 2004年12月31日、PRIDE男祭り2004に出場予定の兄ホドリゴの会場入りが大幅に遅れたため、そっくりの容貌という一卵性双生児の特徴を生かし、オープニングセレモニーに遅刻したホドリゴの影武者を務めた。
- ブラジリアン・トップチームの選手の中でも特に遅刻がひどく、練習終了の10分前に顔を出すことも日常茶飯事であった。かつてトップチームに出稽古に赴いていた美濃輪育久は、その度に後発のクラスが始まる中、道場の隅でホジェリオの居残り練習に付き合わされた。[2]
- アマチュアボクシングブラジル選手権スーパーヘビー級優勝(2006年、2007年)
- アマチュアボクシング南米選手権スーパーヘビー級優勝(2006年)
- アマチュアボクシング南米選手権スーパーヘビー級銅メダル(2007年)